忌み地・忌み山の話 その1→http://chaos2ch.com/archives/3491782.html






205 名前: [] 投稿日:03/12/19(金) 00:40


ブクタさんが退屈しているようなので、今まで楽しませて貰ったお礼に
僭越ながら小ネタを提供させていただきます。
ただし
 ・そんなにオドロオドロしくないです。
 ・ネタ元は古いです。大正9年。なので、本文中の「今」とか
 「現在」というのは、大正9年現在ということです。
 ・静岡県です。
 ・最後に行を空けて書いてあるのは、私のメモです。






206 名前:  [] 投稿日:03/12/19(金) 00:41


富士郡島田村(現在の富士市 国139と県171の交差辺り?)


 依田原新橋の東外れ、和田川の西側の土手を南へ一町ばかり行った所に、
幅一間ばかりの川がある。土橋が掛けてあり、ここを「お園水道」という。
 昔、お園という芸者がこの川に入って死んだという。そして、ここに
住む者は決して成功しないという。
 ある人は御稲荷様まで祀ってお祓いをしたけれども、やはり思わしくなく
余所へ移ってしまった。今もその御稲荷様は、古びたまま残っている。







207 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 00:42


静岡市(北安東、柳新田、池ヶ谷の境くらい?)


「吉塚」姑があって、嫁を酷使し一人でここの田の植え付けをさせた。
嫁は植え付けが終わると死んでしまった。そこで、この塚ができた。
 この田を耕す者は、必ず家内の死者を出すということである。それは
死んだ嫁の祟りであるとされる。今となっては作る者もなく、また
ここを買う者もいない。

 現在はないのでは?見かけた記憶がないです。






208 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 00:44


榛原郡白羽村(現在の榛原郡御前崎町白羽)


 白羽村字小杉原に、千人塚がある。その上に松が植わっていて、
椀貸せ松という。この松を切ると血を出すと言って、手をつける者は
いなかったが、明治20年の頃に切って畑と成し、今は跡さえもない。
 この松を切った者は、当時富裕の資産家であったが、今は全く零落して
家屋敷も留めていない。一家は死んだ者あり、病んだ者あり、全く離散
してしまった。松の祟りではないかと言われている。
 松を直接切ろうとした人夫も、枝打ちに上ったところ、過って墜落し
腸を出して死んだという。







209 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 00:45


庵原郡高部村大内(現在の静岡市こないだまでの清水市)


 護良親王の首を、内裏山に納め奉る。今もなお、五輪の陵墓がある。
 現在F氏の所有する土地である。同氏は近年ここの発掘に努めているの
だけれども、途中まで掘ると異様な物音が生じ、めまいがして、
どうしても掘り出すことができないということである。
 菊の御紋章が付いた位牌とか、刀鏡などは採掘したとのこと。







210 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 00:47


賀茂郡中川村(現在の賀茂郡松崎町の内陸部)


 障子山(難山?)と云う山には、現在は埋まってしまったが、
障子山という人が戦の時に隠れたという穴があった。
 この山は木が大きくなったのだが、買う人がない。
この山の木を切った家には災難があり、家にない場合には木を積んだ船に
悪いことがあると言われている。
 なお、前述の穴に白旗が立っているのを見た人は、3年以内に死ぬと
言われている。







211 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 00:48


富士郡富岡村(現在の名称不明 富士宮市か?)


 淀師に、「やみた」という田があり、作ると必ずその家の誰かが病気になる。
 昔、殿様がここに深い池のような牢を造って、罪人を生殺しにした所だというが、
確かなことは分からない。







212 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 00:50


富士郡富士根村(現在の富士宮市 JR身延線の駅があります)


 「やみ田」は、集落に必ず一つ二つはある。この田には、石で造った小さな
祠のような物が祀ってあるので、すぐ分かる。この田を作ったり、また
作ると約束しただけでも、死ぬか非常に重い病に悩まされるので、嫌われている。
 2ヶ月前にも「やみ田」を作ると約束した人が亡くなったので、
祟りだと言って村では益々嫌っている。







213 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 19:40


榛原郡上川根村(現在の榛原郡本川根町)


 昔、八幡神社があった所で、現在は帝室林野局出張所の屋敷になっている
敷地内の、大きな石が二つあった。その石が目障りなので、埋めてしまいたいと
所長が言ったのだが、恐ろしがって埋めようと言う者がいない。結局、小使が
やることになった。
 しかし、穴が掘り上がろうという頃に、石が穴に転がり込み、小使は石の
下敷きになった。穴から救い出されたが、まもなく死んだ。彼の息子の話によると、
穴が石に近すぎたために転がりこんだのではなく、石は外にあった時のままの
状態で穴に入っており、上部を少し土の上に出していたという。
 林野局の官舎を建てた時、請け負った親方連中が、その後まもなく
病気になった者が多かったので、地元では恐れていたということである。

 現在、どうなっているか不明。







214 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 19:41


ちょっと毛色が違いますが、おまけ。


賀茂郡下河津村(現在の河津町)



 ころ柿山には、その名の如く幾百年経ったか分からないくらいの、
ころ柿の木がある。その年、柿がたくさん成り、村では男も女も皆で採りに行った。
男が木に登って柿を採り、女は下で落としてくれとせがんでいた。が、
ふとした拍子に一人の女が木に触れると突然、木が女をくるっと巻き込んでしまった。
 今でも、巻くから、と言って女をその木に近づけない。







215 名前:   [] 投稿日:03/12/19(金) 19:43


おまけ其の2


富士郡芝富村(現在の芝川町)


 長貫では、以前から正月にどんど焼きをしない。
 昔、どんど焼きをしていると白鳥山から白坊主が
「ほーいほーい」
としきりに呼ぶので、気味悪くなって止めてしまった。
翌年にまた、どんど焼きを始めると同じように呼ぶ。
それ以来、この行事は止めてしまうことにした。

芝川町役場の辺りの話。白鳥山は、
山梨県南部町?富沢町?との境にある山。標高567m。
私のネタは以上です。連続カキコにて失礼しました。








239 名前: [sage] 投稿日:04/04/28(水) 20:56


島田市 長島「聖坂」


小川から長島に下る坂。
 昔、高野聖が不案内から道に迷い、山中で一夜を明かそうとしたが、
オオカミに喰い殺された。その屍と、傍らにあった経巻を郷人が焼いたところ、
灰は風に吹かれ幾多の雀と化し、この山に群がるようになった。
 土地の者が付近に焼き畑を作付けすると、群雀に食い尽くされるという。






240 名前: [sage] 投稿日:04/04/28(水) 21:00


島田市 伊久美字犬間


 どういう理由か判らないが、犬間で鶏を生き埋めにした。
それ以来、その場所を夜に通ると鶏の鳴き声が必ずするので、
恐れられている。

以上、昭和44年発行の本より。






241 名前: [sage] 投稿日:04/04/30(金) 00:51


吉原市江尾町(現在の富士市)「ごぜの森」


 森と云っても直径20mほどで、雑木や雑草が生い茂っている。
 その昔は天狗が住んでいて、夜になると時々怒って、木を嵐の如く
揺らしたという。また、ある者が森に茂っていた草を刈って持ち帰る途中、僧に
「その草は森へ返せ。後の祟りがひどい。」
と言われた。気に止めずに持ち帰ったところ、その年より
不幸な生活を送るようになった。
 住民は今でも祟りを恐れ、そばを通るのも気味が悪いという。





247 名前: [sage] 投稿日:04/05/11(火) 22:58


なんだか特殊な方々にモテてるみたいなんで、
置き餌しておきますね。


静岡県相良町 黒子「翁橋」


 蛭ヶ谷川に架かるが、この橋の付近では「ぢんぢん川」と呼んだ。
 狐狸か妖怪か判らないが、夏の夜などに
みすぼらしい身なりの老人が現れたり、川土手の草が綺麗に刈り取られていたり、
痩せ細り青白い顔をした怪物が、もの凄い形相で研ぎ澄ました鎌を持って
現れたりした。
 老人→じじい→ぢんぢん とのこと。

爺さんは濡れ衣のような気もしますが。






248 名前: [sage] 投稿日:04/05/11(火) 23:04


静岡県相良町 西萩間「万法印」


 丸尾原へ上る御相談坂の登り口に、小さな橋がある。
手前を左に行くと子生れ石、橋を渡り右に行くと、田がある。
この田を作ると、何かしら禍があるというので嫌われている。
 この田は昔、字 原平に住んでいた万法印と呼ばれる法師のものであった。
彼は土地への執着が強かったゆえ、縁もない者に耕されるのが無念で
祟るのであろうということである。
 現在は、地主が耕している。

以上、昭和44年発行の本より。 





251 名前:本籍は奈良県[sage] 投稿日:04/05/13(木) 22:31


奈良県 東吉野村 三尾 「まのはら(魔の原?)」


三尾の集落に入る左手前、道路と四郷川の間の一段低いところに
10坪ほどの平地があり、以前より「まのはら」と呼ばれていたとの事。
今から30年ほど前に、その場所に製材所を建てた人がいましたが、その後
その人の一家には変死者が相次ぎ、最後には全員が死に絶えたと聞いています。
ちなみに、今現在製材所は廃墟と化してますが、街灯がほとんど無い場所なので
夜に横を通ると雰囲気たっぷりです(;´Д`)

なお、川を挟んだ対岸の崖の上には鉱山の坑道が残っていますが、かつては
その坑道の中で幽霊が出没したという噂も聞いています。







252 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/18(火) 21:18


千葉市 緑区 おゆみ野 【首塚】



近代的ニュータウンが広がるおゆみ野・ちはら台であるが
昔はうっそうとした山野だった
その昔、落ち武者がこの地でつかまり首を切られたという
この塚の近くに沼田があったが、これを耕すものは家が絶えるといわれていた
昭和30年ごろ、この沼田を耕していた家があったが、怪死する者が続いたため
所有者は耕作を放棄したという
ニュータウン開発が始まるまでは荒れるに任せており、薄気味悪い祠があったという
現在はニュータウン開発に伴い、場所がわからなくなっているが、
鎌取駅のやや北にあったそうだ







254 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/25(火) 21:19


千葉市 緑区 おゆみ野 【ショーエモン田】


ショーエモンというのは天保年間実在した人の名前という
昔、この田はある一家が耕作していたが、流行病で娘をのぞき全滅してしまった
欲深いショーエモンはこの娘を言いくるめてこの田を取り上げた
将来を悲観した娘は気が触れて行方不明になったという
この後、ショーエモンの一家では怪死する者が続き、絶えてしまった
これ以後も、この田を耕作する者は一家全滅などの目にあったという
おゆみ野・ちはら台開発に伴い田のはっきりした所在地は不明だが
○○公園のぬかるんだ池近くだといい
古くから住む住民はこの地を忌み嫌っている








255 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/26(水) 20:33


千葉市 緑区 おゆみ野 【けち筋】


下○療養所がある岡ににあったという小道
由来はわからないが、夜この道を通ると悪い物に憑かれるとか
この筋に家を建てるとよくないことが起こるという
戦後某家がこの付近に家を構えたが
商売に失敗するなどし、結局一家離散の憂き目にあったそうだ
千葉東金道路を横断するように走っている道のことだというが
誉田駅付近にあったともいう








256 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/26(水) 20:51


市原市 新堀 【病田】


この付近の耕地は区画整理され整然としているが
この田の近くだけ手をつけれずに残っている
ある人がこの田の近くで自害したといわれ
以後この田を耕作する者は病にかかったといわれている
市原市五井よりでる小湊鉄道が建設されたとき
予定ではこの田を通っていく予定であったが
因縁を知って急遽建設予定が変更になったというはなしがある







258 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/28(金) 21:49


千葉市 緑区 誉田 【やくしん田】


昔、この田は池でありやくしん池と呼んでいた
この池の近くに薬師堂があったのでやくしん池と呼ばれたという
明治初期、ある一家がT氏に土地をだまし取られて、この池に身を投げて死んでしまった
以後、この池は縁起が悪いとされ、この池の水を使って耕作するとたたりがあるといい
忌み嫌われていた
戦後、区画整理でこの池はつぶされ田んぼになったが
やくしん田と呼ばれ、この田を耕せばたたられるという
現在はこの一角だけ荒れ地になっており 所有者は耕作を放棄しているようだ
T氏は実在の人物であり、戦前は地主として権勢をふるってきたが
戦後の農地解放で没落した
この一家の子孫は結局変死や自殺が続き、絶えてしまったが
「やくしん田のたたりだ」と噂されたという







259 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/28(金) 21:50


千葉市 緑区 誉田 【やくしん田】



昔、この田は池でありやくしん池と呼んでいた
この池の近くに薬師堂があったのでやくしん池と呼ばれたという
明治初期、ある一家がT氏に土地をだまし取られて、この池に身を投げて死んでしまった
以後、この池は縁起が悪いとされ、この池の水を使って耕作するとたたりがあるといい
忌み嫌われていた
戦後、区画整理でこの池はつぶされ田んぼになったが
やくしん田と呼ばれ、この田を耕せばたたられるという
現在はこの一角だけ荒れ地になっており 所有者は耕作を放棄しているようだ
T氏は実在の人物であり、戦前は地主として権勢をふるってきたが
戦後の農地解放で没落した
この一家の子孫は結局変死や自殺が続き、絶えてしまったが
「やくしん田のたたりだ」と噂されたという







260 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/28(金) 21:50


千葉市 緑区 誉田 【やくしん田】



昔、この田は池でありやくしん池と呼んでいた
この池の近くに薬師堂があったのでやくしん池と呼ばれたという
明治初期、ある一家がT氏に土地をだまし取られて、この池に身を投げて死んでしまった
以後、この池は縁起が悪いとされ、この池の水を使って耕作するとたたりがあるといい
忌み嫌われていた
戦後、区画整理でこの池はつぶされ田んぼになったが
やくしん田と呼ばれ、この田を耕せばたたられるという
現在はこの一角だけ荒れ地になっており 所有者は耕作を放棄しているようだ
T氏は実在の人物であり、戦前は地主として権勢をふるってきたが
戦後の農地解放で没落した
この一家の子孫は結局変死や自殺が続き、絶えてしまったが
「やくしん田のたたりだ」と噂されたという







261 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/28(金) 21:51


千葉市 緑区 誉田 【やくしん田】


昔、この田は池でありやくしん池と呼んでいた
この池の近くに薬師堂があったのでやくしん池と呼ばれたという
明治初期、ある一家がT氏に土地をだまし取られて、この池に身を投げて死んでしまった
以後、この池は縁起が悪いとされ、この池の水を使って耕作するとたたりがあるといい
忌み嫌われていた
戦後、区画整理でこの池はつぶされ田んぼになったが
やくしん田と呼ばれ、この田を耕せばたたられるという
現在はこの一角だけ荒れ地になっており 所有者は耕作を放棄しているようだ
T氏は実在の人物であり、戦前は地主として権勢をふるってきたが
戦後の農地解放で没落した
この一家の子孫は結局変死や自殺が続き、絶えてしまったが
「やくしん田のたたりだ」と噂されたという





264 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/29(土) 14:52


千葉県 東金市 【なら藪】


某住宅地付近の、竹藪の生い茂る小山のことをこう呼ぶ
江戸時代末期に、この藪である人が斬り殺された
以後、雨の降る夜にこの藪を通ると怪異に遭うとか
この藪の竹を使うと親の死に目にあえないといって
嫌われている
また、この藪の所有者は早死にするといい
所有者も転々と変わっている
藪の中に朽ちた祠があり、現在も所有者が年一回お参りをしている






265 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/29(土) 15:11


某県 某所 【六部○○】


あるニュータウンの近くにぽつんとある集落ことを指す地名
現在はきちんとした地名がつけられているが
地元民はこの集落を六部○○と呼び、嫌っている
はての二十日(12月20日)に六部がある家に泊まったが
多額の金銭を持っていたので、この六部を殺してしまった
この一家が住んでいるのがこの集落で、周囲の者は付き合いを絶っていた
この集落の者は、正月に餅をつくと真っ赤に染まるといい
今でも餅をつかないという

*いんちきには、いわゆる部落差別を行う意図は全くありません
プライバシーの問題があると思うので、多くを伏せ字にしました






266 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/29(土) 15:20


千葉県 君津市 【いん田】


いん田というのは忌み田のことだろう
ある親子が言い争いをして、子が親を鎌で殺して
この田に遺●を投げ込んだ
以後、この田を作る者は祟られるといい、村の共同所有地になったが
それでもこの田を作る者はいなかった
区画整理で、現在は正確な場所はわからない






267 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/29(土) 15:39


千葉県 袖ヶ浦市 【郷橋】


小櫃川に昔かかっていたといわれた橋
ある人が酔ってこの橋から落ち、溺死してしまった
その後、夜通ると憑かれるといい、
結婚の列がこの橋を通ると別れ、葬式が通ると家族にも死人がでたといい
忌み嫌われた
現在この橋はすでにないが、橋の後は残っており
地元の人は冠婚葬祭時、この橋付近を避ける






268 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/29(土) 20:39


千葉県 君津市 【三郎が窪】


ご多分に漏れず?ある新興住宅地付内の窪地
現在はグラウンドとして使われている
三郎という人が隣人との諍いの末殺され
この窪地に死体が捨てられた
以後、この窪地は縁起が悪いとされ、放置されていた
高度成長期にデベロッパーが地元の業者を使いこの付近を開発した際
地元の業者は、この地だけは手をつけるなといっったという
窪地で、近くに調整池があるためか夏場は特にむしむしするこの地を
地元の人は嫌っている







269 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/29(土) 20:52


千葉県 袖ヶ浦市 【ごじゃぬ田】


名前やいわれははっきりしない
この田の所有権を巡って兄弟が争った末、弟が兄を殺したという言い伝えがある







270 名前:いんちき[] 投稿日:04/05/29(土) 20:58


千葉県 袖ヶ浦市 【ごじゃぬ田】


269とは別のところ
この田も、名前やいわれははっきりしない
この田の近くにあれた岡があり、昔は塚だったという
坂口の家が3軒になったらこの塚を掘ってみよ、骨がでるから という言い伝えがある
この田を耕す者は早死にするという
交差点近くのコンビニの横の田んぼのこと






273 名前:天之御名無主[] 投稿日:04/06/26(土) 01:22


「お菊澤」静岡県・・・榛原町かな?金谷町かな?とにかく、牧ノ原


 牧ノ原は、「布引の原」という別名を持つ。
 昔、相良のお菊という娘が、金谷の大工と恋仲になった。彼女は夜ごとに
牧ノ原を越え、男の元へと通ったが、当時は原野であった牧ノ原は物騒でもあり、
やはり恐ろしかった。そこで、頭の上に糸枠を載せ、鏡とロウソクを立て、
白い着物を着、白布1反を引いて歩いた。怪物を装えば、盗賊などは近づかないと
思ったのである。
 ところが、化け物の噂は腕自慢の者達を呼び寄せる結果となり、お菊は肝試しに
来ていた一人に斬り殺されてしまう。
 彼女の殺された場所を「お菊沢」と呼び、祟りがあるといって恐れた。
 太平洋戦争の直前、牧ノ原に海軍の航空隊が配置され、営舎が建設されることと
なったが、沢の周辺で事故が相次ぐので、お菊の祟りであろうと噂が立った。
沢の土を、大沢原の西光寺に運んで供養をしたそうで、地蔵尊が残っているとのこと。

昭和44年発行の本より。






287 名前:死酷陣[] 投稿日:05/01/30(日) 21:37:01


香川県 M町 まがつ田 (凶つ田?)


香川用水が出きるまで讃岐は水不足に悩ませられる地であった。
特有の瀬戸内海気候のため、乾燥し、夏場はいつも水が不足していた。
水不足を補うため、隅々に溜池と掘割が作られた。
しかし、溜池の水では全ての田を潤すことは限界であり、
そのため溜池の水を巡って争いがあった。

讃岐には水に関し様々な伝承があり、それに伴い忌まれる地もまた多い。
M町の「まがつ田」もそのひとつである。
M家とI家が水のことで争い、M家のものがI家のものを殺し、その死体をこの田に投げ入れた。
下手人であるM家のものは、同じM町で磔にされた。
以後、この田は「まがつ田」と呼ばれ、所有者であるI家は耕作を放棄した。
この田を耕すものは熱病で死ぬと言われた。
大正時代にある政治家が所有し、耕作したが良くないことが続いた。
現在は荒地となっていて、所有者が立てた祠があるだけである。
農地改良事業の際にも、「あそこにはふれてはいけない」という意見が多く、
その土地には手を加えられず、今でも荒地として残っている。






288 名前:死酷陣[] 投稿日:05/01/30(日) 22:06:00


香川県 某所 せんこうやみ(線香病み?)


溜池からの水は各々の田に水路を使って分配されるが、
自然に水を流すと、当然に溜池に近い田のほうが多く水を得られる。
よって、争いが起こらないよう、各々の田に水を流す時間は、集落の集いで決めていた。
当然に各田公平に水か与えられているのではなく、
集落の身分や力関係で決定されていた。
ところで、水を流す時間を測定するものは何であるか?
それは「線香」である。

ある被差別階級に属するとされた人の話である。
集落の身分上、水が与えられる時間はわずかであった。
しかし、より多くの水を得たいと考えたこの人物は、「燃えにくい」線香で自分の時間を図った。
当初は上手く言ったが、結局線香に細工」していることが発覚し、
結局彼の田には、水は与えられないことになったという。
娘は売られ、息子は無頼の徒になり、夫婦は自殺したという。
残された田は「せんこうやみ」として忌み田になり、放置された。
農地改良事業により場所ははっきりしなくなった。

注意:投稿者には、いわゆる「部落差別」を行う意思は無く、また反対するものです。
ですので、地名等については明記せず、
一部は聞き及んでいる話の内容を若干修正しています。








292 名前:死酷陣[] 投稿日:05/03/03(木) 19:28:33


香川県 S市 みずしたたり(水主たたり?)


雨が少なかった瀬戸内地域では、夏場に雨を祈る一方、
川や池等が自然発生的に崇められてきた
「水主」というのは水を持っている人、
ないしは水を蓄えている土地に対する敬意として送られた言葉である
水主神社が、大小あわせていくつか存在する
ところで、昭和30年代に、ある地元資本の商店が町の繁華街に出店したが
この際水主神社を潰して出店した
地元の住民からは恐れられ、公然と批判する者も多かったという
経営は上手くいかず、出店した店舗どころか、商店自体も倒産した
地元の人は「水主様の祟りだ」とうわさしあった
以後、その土地で、様々な店舗が展開したが、悉く商売が失敗した
現在では、主要な道路が移ってしまったので、往時の賑わいは無いが
それでも比較的有利な土地なのに、いっこうに買い手が無い状態が続いている
水主さまの祟りといって、冠婚葬祭はもちろん、地元の中学生が定期試験の時も
「成績が下がる」といってその土地の前を通るのを避けるという








328 名前:天之御名無主[] 投稿日:2005/09/17(土) 09:11:16


古戦場跡も多いですね。

群馬県の神流川の近くには、首塚八幡宮、胴塚稲荷という滝川一益と
北条氏直の激戦の戦死者を祭っていますし、有名な関ヶ原古戦場の柴
井には西首塚(胴塚)があり、JR東海道本線の敷設の際、埋葬者の白
骨が相当量出たといわれており忌み地です。
八王子城のある高尾山も前田利家、上杉景勝らに率いられた豊臣勢3
、5万が落として後北条小田原本城勢に大きな衝撃を与えた地ですが、
屍が山を覆った八王子城跡は里人が恐れて足を踏み入れるのを嫌う忌
み山になっています。

しかし、首塚八幡宮では頭の病気や怪我にご利益があると知られ、参
拝者も多く一概に忌み地・忌み山はマイナスの性格だけを持つもので
はありません。

忌み山も多くは、奈良吉野の妹山のように、859(貞観元)年前に
大名持神社が山腹にまつられてから、周辺地城の人々の崇敬をあつめ
た忌み山として入山を禁止されてきたような信仰の山、神体山として
の性格から畏れられた為で、信仰上のご利益はあったのです。
奥多摩のお話も日原川、巳ノ戸谷周辺にある「忌山御前」にまつわる
伝説が元になっている話であり、山神に悪事なす行いをしなければ、
そう怪異を招く事はありません。すべては人の業だと思いますね。






357 名前:天之御名無主[] 投稿日:2005/12/04(日) 09:22:46


岩手県江刺市米里字人首町には蝦夷討伐の落人の首を供養したところ
という。
江刺地方には、大武丸(大嶽丸)の子の人首丸(ヒトカベマル)にま
つわる話が多く、15・16歳の若武者として語られている。
達谷の窟を逃れた人首丸は、北上川の支流伊手川をのぼり、江刺市原
体の鬼渕に潜み、さらに藤里の愛宕山の洞窟に隠れた。しかし、追撃
は急で、米里の大森山(820メートル)にたてこもり、ついに物見山
(種山、870メートル)に陣をはった田村麻呂の女婿田村阿波守兼光
に討たれたという。兼光が取った首を見ると美少年。鬼ではあるが、
顔は人。兼光は不憫に思い、観音堂を建立して丁重に祀った。これが
のちに玉里に移された大森観音。地元民は、明治8年までこの地を人
首村と称して、人首丸を偲んだ。
また、大森山の頂上から100メートルばかり下った所に岩屋があるが、
ここが大森観音跡で、さらにやや下った鞍部に立っている2メートル
余の石碑を「鬼っこの墓」と呼んで落人供養してきたという。人首の
村名を忌んで米里に変更してから、次第に人首丸も忘れられていった
という。
ちなみに町名は消えたが小学校はまだ人首小学校が残っている。







380 名前:ブクタブクオ[] 投稿日:2005/12/23(金) 19:43:57


埼玉県入間市野田方面


昔、入間川の氾濫が多発し、村民全滅、廃墟となる。
それを知った役人が治水工事を名目に罪人と土着渡来人を集め、自然殺害。
その後、被害を免れた者達が密に暮らし、役人に漏れ無い様に『忌み地』とした。
今も住人の大半が同姓で排他色が強い。







434 名前:天之御名無主[sage] 投稿日:2006/03/08(水) 23:10:45


 静岡県駿東郡小山町一色に椿畑という畑


秀吉が北条氏を攻めた時、この付近にあった北条方の下古城(シモフルシロ)
が落城した際城主の妻のお椿さんという方がこの畑で自害したらしいこの
畑は生姜を作っていたが自害したあと生姜を収穫すると血のように赤くなっ
たらしく それ以来この畑では生姜の栽培が禁じられている。
現在 畑の傍らに椿大明神の祠が祭られている。







437 名前:天之御名無主[] 投稿日:2006/03/16(木) 03:22:38


レトロウイルスなんかは、そういう伝承のある所から発生しているらしいね。
「あの山に入ってはいけない」「森の木を切ると祟りがある」
祟りとはウイルスのことだった、というのを何処かのスレで見た。







441 名前:天之御名無主[] 投稿日:2006/03/20(月) 22:15:19


>>437
エボラ出血熱やエイズだろ。みんなアフリカの未開の地からやってきた
んだよ。日本だと、住血吸虫に日本脳炎に砒素鉱毒かな。








438 名前:天之御名無主[] 投稿日:2006/03/16(木) 20:49:33


そういった話なら日本にもあるね。


広島県 芦田川・高屋川合流地点付近。


昔はこのあたりは海だったという言い伝えがある。はるか昔、漆を大量に積んだ船が
大風によって難破し、そこの山は漆山と呼ばれるようになった。この地では、昔の漆の
気が残っているために、訪れるものは皆かぶれるといわれていた。春から夏の季節の
変わり目に耕作のために田に入ると、足の脛に小さな発疹ができ、耐えられぬほどの
痛さ痒さに襲われる。やがては下痢や嘔吐を起こし、寝汗をかき肉は落ち、腹だけは
鼓のように膨れ、最後は足にむくみが来て落命する。
20世紀初頭、日本住血吸虫感染が原因であることが証明された。








495 名前:天之御名無主[] 投稿日:2006/07/17(月) 08:50:29


岩手県遠野市宮守町達曽部の塚沢川



の辺りに、昔、張付け峠という場所があった。
磔の処刑があったところで、別名、地獄峠といわれた。今は通る人も少ない山道
になっているが、蒸し暑い日には狐火がでるという。






496 名前:天之御名無主[sage] 投稿日:2006/07/17(月) 20:59:26


>>495
遠野って聞くと、ホントに狐火とか出そうな感じがする。







499 名前:天之御名無主[] 投稿日:2006/07/19(水) 09:19:45


京都府与謝野町・岩崎橋周辺


昔、橋の脇に松の大木が生えており、その枝は太く、
道にせりだすほど立派なものでしたが、
枝で首を吊る人が多かった為、首吊り松と呼ばれていました。
松は数十年以上前に切り倒されましたが、その跡地はずっと手付かずでした。
やっと周囲の土地ごと買い取られて工場が
建っても、首吊り松の跡地周辺だけ、
建設予定地の看板を立てたまま25年も放置されています。
近年、松の跡地から50Mほどの土地に家を建てた方の奥さんは、
越して1ヶ月ほどで亡くなりました。死因は偶然かも知れませんが首吊り自殺でした。








521 名前:天之御名無主[] 投稿日:2006/08/12(土) 16:16:29


新潟市学校町にむかし、戌辰戦争の軍事裁判で有罪となった幕府軍将校
の刑場があって、切断された首を洗ったとされる井戸があり、今も忌地
になっているとか。

また、西蒲原郡巻町の角田浜海水浴場に入り左側へと進んで、道路の下
をくぐった辺りにあります。登山口周辺、通称"白い家"も忌み地です。
この建物には様々な噂があり、別荘で子供が重度の精神病(もしくは
霊に憑依された状態)を世間から隔離するために建てられたといいま
す。子供の霊障があまりにも重いため、地下室(または2階)に幽閉
しましたがある日、幽閉されている子供が家政婦の隙を見て逃げ出し、
父親の猟銃で家族を射殺したとか、一家心中をしたという話もあり、
その後も、住み着いた若者が警察隊に射殺されたという話が跡を断ち
ません。建物は鉄格子が嵌められており精神病院跡ともいわれていま
すが、真偽の程は不明ですが新潟放送では今まで何度か霊の溜まるス
ポットとして報じられています。







528 名前:天之御名無主[sage] 投稿日:2006/08/17(木) 05:39:28


滋賀県信楽町[ゴズメ山]


明治初期、その山にゴズメという老女祈祷師が住んでいた。
雨乞いや狐払いに優れ、村人は尊敬していた。彼女の祈祷は小動物と米を山に供え、
山神を体に憑依させて行うもので、霊験あらたかだが危険の多いものだった。
彼女はある日、村人に今晩、小屋に火をかけるよう頼んだ。
祈祷の際、強い荒神に体を取られ、災い封じに死を選んだのだ。
件の村人は尊敬のあまり実行できなかったが、朝には彼女の姿は消えていた。
その後、山から狂女の笑い声が響くようになり、
山に入ると発狂したり死ぬ者が続き入山禁止となった







555 名前:天之御名無主[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:59:11


名前がおっかねぇってだけなら、実家の近くに「コォロクダメ」って池がある。
漢字で書くと多分「子六溜」で、昔、子供が6人で遊んでて同時水死とか何とか。
扇状地の真ん中にある沼みたいなやつで、
入れば泥に足をとられて動けなくなるようなとこだった。








613 名前:天之御名無主[sage] 投稿日:2007/06/21(木) 13:48:41


忌み地というには薄いが……
現在、多摩湖・狭山湖という人口湖が東京にあるのをご存知だろうか。
まぁ湖の北側はもう埼玉県で、西武遊園地のすぐそばで、桜の名所でもあり、
湖を一周する遊歩道も整備されていて、なかなか良いところです
……周回道路を飛ばすDQNもいるけどナ。

では、その何処が忌み地かというと。
かつて、昭和2年にダムに沈む前の狭山村というのが相当貧しい村だったそうで
(なにしろ周囲を丘陵に囲まれた盆地で日照も悪い)、
江戸時代には口減らしの為に姥捨てが行われていたとの事。
その「捨て場山」と呼ばれたあたりから、ダム工事の際にも風化した人骨が出たとの事。
現在も「行人塚」と呼ばれる碑が建ってるらしいが、東京都水道局の所有する水道用地ということで、
立ち入りは禁止だそうです。

水気が多いせいか雰囲気は悪いけど、忌み地ってほどでもないかな……


参考資料;「多摩の怪談ぞくぞくガイド」けやき出版 2000年






614 名前:ブクタブクオ ◆DEJSaGMUPk [sage] 投稿日:2007/06/21(木) 18:49:15


水没前の多摩湖(村山貯水池)は五ヶ村に分かれていて、
人の住み始めた歴史は古くはないですが、それなりに農村社会が
できあがっていたようです。
最奥の石川村でも戸数は少ないですが、古い写真を見た限りでは
湿地や原生林もなくなり、水田が広範囲に拡がっていました。








642 名前:天之御名無主[] 投稿日:2008/01/22(火) 14:41:34


ブクタさん教えて下さい。
栃木県の鹿沼地方に忌み地、忌み山の話はあるでしょうか。








645 名前:天之御名無主[] 投稿日:2008/01/24(木) 22:02:30


>>642


判官塚 (栃木県鹿沼市北赤塚町)


吉次等と平泉に向かう途中、義経等が隠れた所とも伝えられるこんもりとし
た小山の判官塚古墳。源九郎義経の冠を埋めたので冠塚とも呼ばれ、昔から
盗掘が後を絶たなかったらしいが、盗掘した人が次々と体中の穴という穴か
ら血を流して変死するので祟り山として地元では知られている。
今日でも古墳の木を切ったり、土を掘ったりすると塚の神の祟りがあるとい
い忌み嫌われている。







646 名前:天之御名無主[sage] 投稿日:2008/01/25(金) 17:37:21


>>645
おぉ~っ、ありがとうごさりまするー。







688 名前:天之御名無主[sage] 投稿日:2008/02/27(水) 12:47:51


旧大滝村秩父湖から三峰山頂へ上がっていく道の途中に雲取林道という枝線があります。
現在ではゲートがあり其処から先は徒歩や自転車でしか進めませんが
下には大洞川という渓流釣りや沢登ができるポイントがあります。
昭和50年代その川の上流で3体の登山者の変死体が釣人に発見されました。
当初は登山中の事故と思われていましたが、検死の結果1名は背骨を圧迫されるように折られ
2名は頚椎が折れていて明らかに何か強い力による暴行受けた症状が発見された為
事故から殺人に警察の捜査が切替った。3年前にもこの地域でベテラン林業関係者が2名事故死と
思われる事があった為、聞き込みを広げると地元山林関係者が
「この辺りで鋭い目つきの大男を何度か目撃していた。」
警察は事件現場付近で山狩りをはじめると背丈が六尺以上ある大男が捕らえられた。
署へ連行したが男の発する言葉が全然解らなかった。
その後現場捜査の結果、 男は白石山と大洞山の麓をテリトリーに暮らしていた事が解った。
しかし、証拠不十分と人権擁護、同和問題などの絡みで事件は公にされなかった。
その後男はしばらく保護されていたが、生活環境になじめず再び山奥へ消えていった。

その男がサンカだ何だとは言いませんが文明から離れて暮らす人はいます。
どういう事情で山へ入ったとしても、彼らの大事にする物を侵せば、
それなりの報復を受けても仕方ないでしょう。
彼らのテリトリーでは彼らのルールが優先なのですから・・・






812 名前:唐ワン[] 投稿日:2009/07/10(金) 19:24:55


九州の佐賀県唐津は岸岳ばっそん


ってのがありますね。
岸岳は松浦党の一つで、渡辺の綱の子孫。
朝鮮出兵のときに、秀吉に逆らったので一族皆殺し。
それ以来、岸岳城跡地の山や岸岳城主が殺された山は怖い話が絶えません。







814 名前:唐ワン[] 投稿日:2009/07/10(金) 20:09:09


岸岳の城跡や近くの村では、首なしの騎馬兵が首を狩りに来る。
って言い伝えや、岸岳の遺跡を工事作業者が知らずに動かし、
亡くなるなどが昔から言われてます。

岸岳城主が芋の弦に足を撮られた油断の丘と言うのがありまして、
そこで岸岳城主は、首を落とされますが。
足を撮られた芋の弦は、芋の弦を結んで罠にしたと言う昔話があります。
侍がそんな罠作りますかね?。
岸岳ばっそん、岸岳伐村。村総出で岸岳一族を豊臣に売った・・・。
オイラはこう解釈してます。
そうでなければ、爺さんの前々から祟りなんて伝えられませんよね。

昔の人のガ首なし騎馬兵がなぜ村に出る?。
豊臣だけでなく、村人にも怨みがあるのではないかと。
クブル加減が異常なのも、手を汚した後悔からでは?なんて思います。

元は、朝鮮出兵を断った、岸岳城主がKYだったんですが・・・。







859 名前:天之御名無主[] 投稿日:2010/03/21(日) 17:36:03


久万町下直瀬の滝ノ河


に元神社があり、城跡でもあった。
そこの大木を焼くと、中から蛇が出てきて鳴いたという。
また、稗を作って俵にし、山から転がしたところ、
俵が山上に向かって逆転したという。
また、犬や猫を埋めた「マケ畑」という土地があり、
入ると祟るといわれている。






860 名前:天之御名無主[] 投稿日:2010/03/21(日) 17:39:14


上浮穴郡


では「クセ地」をマケヤマ・マケハタという。
面河村では部落から離れた山腹にあり、所有争いがあった。
敗者はそれを怨んで深夜ひそかに獣類・鶏を生き埋めにした。
勝者はそれを知らず、作物を栽培したが不作で、
またその年に必ず病人・死人が出たり、天災に遭ったりという祟りがあった。
故にここが忌まれるようになったという。







861 名前:天之御名無主[] 投稿日:2010/03/21(日) 17:40:35


上猿田では、禁忌を持っている「クセ地」の耕作をするときには、
「たたればたたれ、地主にたたれ、土佐のさこべは金でしけ」
と呪言を言いながら耕作すると、祟らないという。


この地名が危ない
住まいのプロが教える30の警告 「この街」に住んではいけない!
タブーの正体!: マスコミが「あのこと」に触れない理由




元スレ:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/min/1062292997/





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